Alexis’s Diary

Seattle留学の日常

自分の生き方

こんにちは。

 

Alexisです。こちらは17時になろうとしています。すこし寒いです。

というのはさておき、今日は特に予定もないので家で課題をして本を読んでいました。

昨日の夜11時頃にシャワーを浴びました。ここの家のルールとしては、10時までにシャワーを浴びなけばいけないので「10時までだよ」と注意をうけました。(こんなに優しい口調ではなかったのですが。)

その時に思ったことをつらつらと書きだそうかと思います。まぁ、一個人の意見ですのでスルーでも構いませんぞ('ω')

 

 

 

今まで自由に生きてきて、自分の親が放任主義だったからか分からないけど、あれダメこれダメ、あれやりなさいこれしなさいとか一切言われなくて。

親は「自分の子どもだけど、同時に一人の人間であってその人の人生はおかあの人生じゃない。やりたいことがあればやればいいし、行きたいとこがあれば行けばいい。あんたの人生やから反対はせん。したいことやりな。」これが自分の親で、自分の人生で。

誰と遊ぼうが、誰と付き合おうが、何時に帰って来ようが、一日中YouTube見てようが、真夜中にお風呂に入ろうが、何食べようが、どこに行こうがなにも言われなかった。それが普通だった。

だからホームステイをした時に、この家がこんなにルールがあってその数に驚いた。でもこれが一般家庭のルールというものなのかなとも思った。でもそれがすごく自分にとって窮屈に感じた。干渉されるのが苦手な自分にとって、これほどまでルールに縛られてると息苦しくて仕方がない。

高校3年間寮生活だったけども、寮とホームステイじゃ違うし、寮の規則も守りつつ自由にしてきたし、誰にもなにも干渉されなかったからそこまで息苦しさはなかった。

でもその家庭に入るホームステイは、その家のルールがあるわけだし、家庭の一員にまるわけだし、ルールを守るのは当たり前かもしれないけど、自分のテリトリーが狭く感じるようになった。それをやりくりして自由に生きようかなとも思った。でも難しかった。名前を呼ばれる度に、あぁまたなんか言われるのか。と気分が下がる。

まぁ確かにその家のルールを守らない自分が悪いから注意されるのは当たり前だが、ルールというものが多すぎで自分の頭の中が情報過多になっている。こういうものも従わなければいけないのかと思った。郷に入っては郷に従え。

型にハマりたくない自分には苦しい。でもそれはルールを破るとかまた違う意味合いで、もちろん最低限のルールは守る。でも細かいところまでルールが決められていると窮屈に感じてしまう。

ホストの家族にとっては自由に生きてるじゃん。そんな難しいルールじゃないでしょう?って感じだがルールの難しいや簡単と思うのは人それぞれであって、家族に当てはまっても自分には当てはまらない可能性もある。十人十色というやつか。

だから結果的にどちらかが我慢もしくはなにかを抑えなけれないけなくなるかもしれない。実際問題自分は今すごく、「自分自身」を抑えているし我慢している。そのせいかどうかは定かではないけれど、時々自分自身を見失う時がある。それほどまで器が小さいのかと言われればそうかもしれないが、器のサイズも人それぞれ。キャパも人それぞれ。かと言ってこのルールは守れません。と言えるわけがない。

自分の人生だけれども、人に合わせて生きていく事が苦手な自分にとってとても苦しい生活になっている。この家族が悪いわけではなく、ただ自分の生き方に反していただけだと捉えつつある。

 

 

とまぁ長くなりましたが、違う国だから仕方ないと思わないといけないのか、だた私がひねくれているのかはわからないですが。多分後者かな笑

その国の文化、伝統日本の文化、伝統国が違えば人に価値観も違う。それをいちいち気にしていたらそれこそキリがないのですが、私に性格上どうしても気にしてしまい、きを使ってしまうのです。

難しいですね。

 

 

see you next time.